INTERVIEW

夢を叶えるために選んだ家業の「担ぎ手」という選択

伝統と最先端が交差する街として知られる江東区・清澄白河。そこに、江戸切子で知られる『椎名硝子』の工房がある。
父から工房を引き継いだ椎名康夫さんは、研磨機を使ってグラスを平らにする「平切子」の名手として知られる。また康夫さんの次男で、現在代表を務める康之さんも、「サンドブラスト」というガラスの表面に研磨剤を吹きつける加工法で優れた技術の保有者。この二つの技法を結び付け、全く新しい「砂切子」という美しい切子を生み出したのが長男の隆行さんだった。
さて、隆行さんは切子職人ではない。明海大学不動産学部を卒業後、不動産会社で営業を経験し、起業したという実務家だ。
「子どもの頃から家業を見てきて、自分は職人に向かないなと思い、継ぐことは考えていませんでした。人と接すること、お話をする仕事をしたいと思い、営業職といえば不動産業だろうということで、明海大学不動産学部に進んだのです」。大学卒業後はマンションの販売会社に就職。大手不動産ポータルサイトの運営・営業に携わり、トップセールスマンとして優秀な成績を収めた。
転機になったのは、親しくしていた上司の退職。上司のシルエットをサンドブラストで描いたビールグラスを二脚贈ったところ、「これは自分が成功するまで使わない」と大変喜ばれたのだという。折しも、会社の優秀な先輩たちが次々に会社を辞め起業していき、自分も独立したいという想いが高まっていた時期。件の上司にも、「男は夢なんだよ」と繰り返し言われていたこともあり、企業を決意する。「ビールグラスを気に入ってもらえて、家業がこんなにも人の心を揺さぶることができるんだと気づきました。そこで、家業のガラス加工に、自分の強みである営業とITをかけ合わせて、ブランド『椎名切子』を考えたのです」

会社員時代に悟った切子の良さ 発想の転換で可能性を広げる

実は椎名切子の技術は、一般に広く知られているわけではなかった。というのも平切子という技術は硝子工場で制作された皿やグラスの底を平らに安定させるもので、いわばBtoBの事業であった。そこに一般のカスタマー向けのチャンネルを加えようと考えたのが隆行さんだったのだ。隆行さんが立ち上げた会社『GLASS-LAB』は、一般向けの商品・サービスを企画し、それを椎名硝子に発注するというスタイル。家業と関わりながら、家業を継ぐのではなく、家業の”担ぎ手”となったのだ。
そうして誕生した椎名切子のぐい吞みは、側面には平切子が施され、底部にはサンドグラスで描かれた美しい文様が広がる。酒など透明な液体を注げば、万華鏡のように文様が変化するさまは唯一無二だ。これらのデザインは隆行さんと康之さんがアイデアを出し合い形にしていく。まったく新しい切子は驚きを持って迎えられ、その美しさに一気に評判が高まった。「コロナ禍で家飲み需要が高まり、良い酒器を手に入れようという方が多くなったのも追い風になりました」と、昨年・今年で10種類以上の作品が生まれたそうだ。また、ガラス製作・加工体験を企画し、椎名硝子、ひいては江戸切子に興味を持ってもらうように努めた。

社是である、”ガラスの加工技術を通じて心を揺さぶる”に向けて、まだまだ可能性はあるし、やれることがあるという隆行さん。「天の時、地の利、人の和というけれど、人のためにしたことが10倍、100倍にもなって自分に返ってくるものだと実感します。この街で商売させていただいている者として、地域に貢献したい気持ちは常にあります」。街歩きイベントを主催したり、シェアオフィスを開設したりと、清澄白河を盛り上げる活動も積極的に行っている。
また毎年行われる富岡八幡宮例題際の神輿に関わるのが隆行さんのアイデンティティを形成しており、380年以上続く神輿を次世代に継承するのも大切な夢だという。「実は『夢を持て』と言ってくれた上司は42歳で鬼籍に入りました。夢を叶えても、次々に夢が出てくるから、まだ道途ばです。いつか上司の墓前で良い報告をしたいですね」

PROFILE

1999年度 不動産学部卒

椎名隆行 Takayuki Shiina

GLASS-LAB 代表。1978年生まれ。明海大学不動産学部を卒業後、不動産会社を経て2014年にGLASS-LAB株式会社を設立。葛飾北斎の代表作が浮かび上がる北斎グラスは3か月待ちの人気作品に。
椎名切子(GLASS-LAB)
東京都江東区平野1-13-11
TEL:03-6318-9407
https://glass-labo.com